テーマ:日本書紀の謎を解く

日本書紀の謎々を解く250・市辺

今まで市辺押磐皇子の市辺を琵琶湖東岸の地名だとばかり思っていたが、雄略十三年三月の記録に記されていることを見落としていた。河内国志紀郡に市辺という地名はあった。しかしこれで一気に謎解きは進んだ。この記録から狭穂彦の玄孫歯田根命は、狭穂彦、市辺押磐皇子(古事記では忍歯)、大田田根子、だとわかる。そして磯城宮は河内国志紀のことである。古事記…
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日本書紀の謎々を解く249・大己貴神は物部の祖大綜麻杵

大己貴神の「己」は何を意味するのか、私の持っている電子辞書『新漢語林』で調べてみて驚きだった。 糸巻きを意味するのだそうだ。大己貴神の「己」を糸巻きを意味する綜麻(へそ)に置き換えると崇神天皇の母伊香色謎命の父、物部氏の遠祖大綜麻杵となる。 確かに古事記三輪山の記録では、娘が毎夜現れる男の正体を探ろうと糸巻きの糸の先に針をつけて…
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日本書紀の謎々を解く248・穴穂皇子と泊瀬皇子の関係

穴穂皇子という名前を持つ人物と泊瀬皇子という名前を持つ人物の不思議な関係について私の情報カードを公開する。穴穂皇子(安康天皇)が暗殺されたあと大泊瀬皇子(雄略天皇)が即位し、穴穂部皇子が暗殺されたあと泊瀬部皇子(崇峻天皇)が即位するところが一致する。私は穴穂皇子と穴穂部皇子、大泊瀬皇子と泊瀬部皇子は同一人物と見ている。そしてこの二人が隼…
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日本書紀の謎々を解く247・全て蛇

気がついたら吉野裕子氏の本をこれだけ一気に読んでみました。これだけ読むと、なんとか陰陽五行説もわかりかけてきました。最初は「だからなんなのよ」って思うだけでしたが、これを呪術と理解すれば、なんとか理解できるようになりました。また日本書紀のいたるところ蛇で満ちていることにも気がつきました。 私が直感的に隼人たちのことではないかと思ったこ…
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日本書紀の謎々を解く

ここ数日、吉野裕子氏の本を読みまくっている。なんとなく陰陽五行説わかってきたような気もする。もう2、3回読み直さなければいけないかな。 吉野裕子氏の本を読んでから日本書紀の至る所に蛇が隠されていることに気づく。 市辺押磐皇子(いちにべのおしはのみこ)も蛇だ。『古語拾遺』にはハハは蛇の古語だとある。ハハは畳語だから原型は「ハ」というこ…
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日本書紀の謎々を解く246・大伴兄弟諍いの原因

大伴狭手彦、大伴磐兄弟の諍いの原因は、やはり神前皇女にあるようだ。垂仁二年是歳条。都怒我阿羅斯等が本土に帰るときに天皇は赤織の絹を与える。国に戻った都怒我阿羅斯等は赤絹を蔵に納めたが、それを聞いた新羅人はそれを聞いて赤絹を奪ってしまう。任那と新羅の国が互いに恨みをみったのは、この事があってからである。不思議な話である。日本の天皇にもらっ…
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日本書紀の謎々を解く244・東山道十五国都督、彦狭嶋王

景行五十五年二月条、彦狭嶋王は東山道十五国の都督を任命された。しかし任地に赴く途中病で亡くなってしまう。これを聞いた東国の百姓たちは悲しんで、密かに王の屍を盗んで上野国に葬った。これに大変良く似た内容の記録が播磨国風土記にある。 又、阿胡尼命(あこねのみこと)、英保村(あぼのむら)女に娶(あ)ひて、此の村に卒へき。遂に墓を造りて葬りき…
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鏡餅

先程テレビで「ネプリーグ」の再放送をしていた。その中で眼鏡をかけた予備校の講師だという男性が鏡餅の説明をしていたが、「鏡餅は丸いでしょ。だから丸い餅を重ねたんです」だったか、ハッキリ覚えてないが、そんなふうな説明をしていた。今回もわかったような、わからんような説明だ。鏡をなぜ積み上げるのか。鏡を積み上げたら何故めでたいのか。 そこで「…
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烏賊の口、イカトビ

先日、スーパーで鮮度の良いケンサキイカをみつけたので烏賊素麺をすることにしました。 ついでに烏賊の口「イカトビ(イカトンビ)」を若い人たちに知ってもらおうと写真を撮って公開しようと思います。 生だとわかりにくいし、分解しにくいので茹でることにしました。ちょっとクチバシがのぞいています。外側の肉を取るとこういう形になりました。もう…
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日本書紀の謎々を解く・日本人のお名前!鈴木さん!

先週の土曜日にNHKの「日本人のお名前」見てよかったぁ!鈴木さんの名前の由来。これ見逃したんだよね。 番組によれば「鈴木」という姓は稲わらを積み上げたものをスズキといったことから。だからどうして、そのスズキを自分たちの姓にしたのかはいってなかったけど。出演者もあんまり深くは考えてなかったようだけど。 稲わらを積んだものがどういう…
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日本書紀の謎々を解く243・都怒我阿羅斯等は大伴狭手彦

敏達十二年是歳条 檜隈宮御宇天皇の世に、我が君大伴金村大連、国家の奉為に海表(わたのほか)に使しし火葦北国造(ひのあしきたのくにのみやつこ)刑部(おさかべ)靫部(ゆけひ)阿利斯登(ありしと)の子、達率(だちそち)日羅(にちら) 垂仁二年、三年に登場する蘇那曷叱智、都怒我阿羅斯等、天日槍、この三人の正体を述べたが、この中で都怒我阿羅斯…
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日本書紀の謎々を解く242・またまた猿田彦訂正です

馬鹿ですねぇ。猿田彦の正体が二転三転しています。今『伊賀国風土記』を読み直して、間違いに気がつきました。結局元に戻って猿田彦は大伴磐ということになりました。 今となっては何故猿田彦を大伴狭手彦に変えたのか思い出せません。(今思い出したのですが、後で書こうと思ったら消えました。物忘れとの戦いです)ずっと頭の中にひっかってた謎が、これ…
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日本書紀の謎々を解く240・秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫

古事記にだけ記される「秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫」。この記録が何を伝えようとしているのか随分と悩まされたが、そのうち大伴磐と神前皇女との関係がわかってきて、春山霞壮夫は大伴磐のことを言っているのだろうと少しだけ見えてきていた。それが万葉集に目を通していて次のような歌があることに気がついた。水の江の浦の嶋子と住吉が歌の中にあるので春山之…
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日本書紀の謎々を解く239・吉備武彦と吉備穴戸武媛との関係

ヒメヒコ制を考えるために、もう一度吉備武彦と吉備穴戸武媛との関係を見直してみた。吉備穴戸武媛にとって吉備武彦は父だが、古事記では兄となっている。これはいったいどういうことなのか。やはり一番最初の頃のブログの中で述べたように吉備穴戸武媛は父がわからない素性しれない女なのか。私は藤原不比等の娘宮子も彼女の分身ではないかと考えている。彼女は実…
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日本書紀の謎々を解く238・角臣と物部麁鹿火、大伴狭手彦は同一人物

『逸文・山城国風土記』の賀茂社に登場する玉依日売と物部麁鹿火の娘影媛は同一人物と考えている。なぜなら玉依日売と結婚する火雷命(丹塗り矢)はその名前にある雷から大伴磐。一方物部麁鹿火の娘影媛の夫である平群真鳥臣の子、鮪(しび)も大伴磐だと考えられるからである。私は平群真鳥臣と子の鮪(シビ)は同一人物と考えていてシビは、かつて王の位にあった…
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日本書紀の謎々を解く237・また修正。物忘れとの戦い

また、修正がありそうです。大切なことをすっかり忘れていました。物忘れがかなり進んできています。それと改めて風土記等の資料の解釈の難しさを痛感しています。編纂者たちは日本書紀のもととなった旧資料を後世に伝えようという強い思いがあるのですが、一方で簡単に答えが出ても困るのです。私たちを欺くために偽りの記録を紛れ込ませていることも考えなければ…
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日本書紀の謎々を解く・遠智娘

天智天皇の妃に遠智娘(をちのいらつめ)という女性がいる。孝徳大化五年三月条で病に罹って亡くなる。越智(おち)は大山祇神を瀬戸内海の大三島に勧進した小千命(おちのみこと)に関連する名前で、河野水軍、村上水軍が発達した芸予諸島に広く分布する名前である。この辺りで育った私なら直感で彼女が大山祇神の娘だとすぐにわかるのである。ということは遠智娘…
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日本書紀の謎々を解く236・金刺舎人麻呂

『続日本紀』孝元天皇、天平宝字元年八月十三日条にかなり面白い記録がある。蚕が生んだ卵とは一体何なんだろう。不思議な文章である。これは眉輪王が生まれた時の記録、あるいは天皇となった記録かである。金刺は欽明天皇の都があった磯城嶋金刺宮の金刺である。この宮の舎人だから大伴磐を指していると考える。蚕の卵は眉輪王のことだろう。 しかし蚕の卵が自…
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日本書紀の謎々を解く235・吉備穴戸武媛の2人の皇子

吉備穴戸武媛の2人の皇子についてもう一度考え直してみた。これまで眉輪王は日本書紀と古事記の日本武尊の妃皇子女の記録を重要視して、いつのまにか眉輪王を日本武尊の子供だと考えていた。しかしよく考えてみたら眉輪王は大草香皇子の子供だった。どこで勘違いしたのかというと、日本書紀では吉備穴戸武媛の子供は武卵王と十城別王、古事記では建貝児王のみ。そ…
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日本書紀の謎々を解く234・231の訂正

ブログ231で公開した年表の訂正です。 大草香皇子(大友皇子・用明天皇)は天皇に即位したのかわからない。この表では三年と数字を出したが、用明天皇は日本書紀では二年、古事記では三年となる。また日本書紀も古事記も一年不明があるので大伴磐(大海人皇子)との戦いに一年費やしたのではないかと考えている。
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日本書紀の謎々を解く233・葛城襲津彦の娘磐之媛の正体

磐も石も同じだろうと考えて、石姫と磐之媛は同一人物と仮定し、その正体を探ってみた。読みにくいのは、恐らく私が集団ストーカー証拠となる写真を公開するのを恐れて、なんらかの妨害をしていると思われる。写真や図の上でクリックしてもらえれば鮮明な図が出てくると思う。 この石姫が生まれたのは雄略天皇三年四月条より西暦506年ごろと思われる。 …
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日本書紀の謎々を解く232・分身を作る方法

分身を作る方法として、連想に連想を重ねていく方法以外に先祖子孫を作っていく方法がある。 つちなみに、このワコという名前の人物が神功皇后のところに出てくる。神功皇后摂政四十六年三月条。爾波移(にはや)とともに百済王から賄賂を渡される過古(わこ)である。爾波移は大伴磐、過古は大伴狭手彦可能性がある。また百済から賄賂を渡されて非難された大伴…
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日本書紀の謎々を解く231・『住吉大社神代記』(4)

前回『住吉大社神代記』(3)で敏達天皇(渟中倉太珠敷天皇)の正体は大伴磐だと述べた。では敏達天皇の皇后は誰か。息長真手王の娘広姫である。日鷹吉士は『逸文・日向国風土記』高日村と『播磨国風土記』揖保郡広山の二つの記録から、阿知使主の子都加(掬)使主と石川王と日鷹吉士は同一人物と考えられ、それは大伴磐の分身である。また日鷹吉士は天日槍の子孫…
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日本書紀のなぞなぞを解く230・『住吉大社神代記』(3)

『住吉大社神代記』からわかってきたことを何回かに分けて書いてが、もう一つわかったことがあるので書いてみたい。もうお気づきの方もいるだろう。敏達天皇はその和風諡号「渟中倉太瓊敷天皇」から大伴磐だとわかるのである。「渟中倉」は当時住吉大社があった場所。現在住吉大社の場所ではないと考える。では「渟中倉」は何か。「渟」は大彦の息子武渟名川別(た…
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日本書紀の謎々を解く227・住吉大社神代記(2)の続き

昨日、住吉大社神代記(2)をアップロードしてから、もう一度大和川と石川が合流するあたりの地図を見てみた。大和川の両側が生駒山地と金剛山地に挟まれ、しかもその間で大きく大和川は蛇行している。しかし、その手前で攻撃をする場所が石川と合流するあたりになるのだろう。これは外国からの敵が奈良盆地に侵入するのを防ぐための要害の地だと気がついた。津守…
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日本書紀の謎々を解く226・住吉大社神代記(2)

『住吉大社神代記』に目を通してもう一つ確信したことがある。それは住吉大社のある住之江(墨の江)位置は、大和川が奈良盆地から生駒山地と金剛山地の狭間を流れ出たところで南から合流する石川周辺にあったということである。つまり現在住吉大社がある大阪湾沿いあったのではなく、奈良盆地の入り口となる川沿に津(港)があったということだ。 私は以前から…
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日本書紀の謎々を解く225・住吉大社神代記(1)

『住吉大社神代記』は面倒だし、神社の由緒書きを見るのも飽きたし無視するつもりだった。私、学者じゃないし。しかし、図書館で『古代氏文集』(山川出版社)借りちゃったもんだから、しかたなく目を通さざるをえなくなった。目を通してびっくり。久々にすごい「ヒント集(解文)」だった。『秦氏本系帳』もだが。目を通しながら「ニヤ〜ッ」としっぱなしだ。この…
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日本書紀の謎々を解く224・抹消

前回「日本書紀の謎々を解く223」で公開した下図は、少し考えすぎだったようだ。これだと、また父親か息子かわからなくなる。とりあえずこれは抹消です。 頭の中が混乱して、混乱して大変です。記憶もあちこち飛ぶようになってます。
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日本書紀の謎々を解く223・的臣の正体は

弓の名手、的臣(いくはのおみ)の正体は誰か。整理してみた。大伴磐、依網阿弭古、捕鳥部万、虚空津日高(山幸彦)、水の江の浦の島子、中臣烏賊津使主、山部連の先祖、伊予来目部小楯、高橋邑の活日などということになった。 「弭」という文字は弓と耳に分解できて、そこから弓の名手と薩摩の首長「弥弥」(魏志倭人伝より)を導き出してみた。はたし…
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