端歯別天皇

端歯別天皇(みつはわけのすめらみこと)



この天皇、歯に大きな特徴がある。
淡路島の生まれ。
この名前よ~く眺めていたら、わかった!!


みつ・は・わけ・


みつ =三

は   =歯

わけ =分かれる


叉状研歯のことです。


<日本書紀>
仲子(なかちこ)の尸(かばね)、御骨に交横りて、能く分く者なし。
爰に磐坂皇子の乳母有り。奏して曰さく
「仲子が、上の歯堕落ちたりき。斯を以て分くべし」


<古事記>
淡海国に在る賤しき老媼参出で白さく
「王子の御骨を埋みし所は、専ら吾よく知れり。また其の御歯を以ち知るべし」とまうす。
御歯は三枝の如き押歯に坐す」


上の二つの記事は、オケ王とヲケ王が父市辺押磐皇子の死体を掘り出す場面です。 
日本書紀では市辺押磐皇子の従者仲子の歯の特徴について説明し、
古事記では市辺押磐皇子の歯の特徴について説明しています。
仲子の歯は抜歯、市辺押磐皇子の歯は叉状研歯のようです。
もしかすると、この記事は縄文晩期から通過儀礼として行われた歯の加工が文字として記された
最初にして最後の文献かもしれません。

「押歯」とは歯の加工のことか。
石の刃物を歯に押し当てて加工したのでそう呼んだのか。
日本に鉄器が入ってきたのはこのころだし・・・・・・
縄文期ならなおさら石の刃物しかないだろう。


ともかくも市辺押磐皇子が、
まったく違う社会集団から移動してきて特別な身分に属していたことを示しています。
市辺押磐皇子について集団を移動した仲子は従者であったので抜歯をされたようです。
淡路島育ちというのはヒントかわりにいれたのでしょう。
この言葉で気がついてくださいね、って。
市辺押磐皇子が日本で生まれ育ったなら叉状研歯にする必要はなかったでしょう。
彼の息子嶋郎子、斯麻王が嶋育ちです。
島は日本書紀の記録では北九州にある島ということにしてますが違います。
ヤマトから領地としてもらった淡路島です。


  

  


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