南無徳川家康

昨日の所さんの番組。
徳川家と松平家を祭る大樹寺のお宝で
徳川家康が戦いの最中に書いたという紙が紹介された。

そこには南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と
几帳面な字で一面に書かれていたが、
最後に書かれていたのは南無阿弥陀仏ではなく
たしか南無阿弥徳川家康だったか。
(チラッと見ただけだから
南無阿弥陀仏のどこで切って名前を入れたか自信がないが)

南無阿弥陀仏の南無は帰依し奉るという意味で
誰に帰依するのかというと阿弥陀仏、
サンスクリットでアミターバ。
無量の光という意味。
有名な「死者の書」で死者の前に現れる凄まじい光のことか。
私は宇宙の隅々まで満ちている
宇宙開闢の時の光、ビッグバンの光だと思う。
宇宙も人も全てが終わりの時に来た時
この光に再び飲み込まれ宇宙(命)そのものに帰っていくのだと思う。
そして静寂・・・

そのアミターバに漢字を当てはめて阿弥陀仏。
アミだけが残った。
南無阿弥陀仏は阿弥陀仏に帰依し奉るという意味。
だから南無阿弥陀徳川家康としたことは間違い。
切るところを間違えてる。
でも徳川家康が言わんとしたことはよく伝わる。

見事だ!天下人としてこれほど見事な覚悟があるか?!

この南無阿弥陀仏と書かれた小さな紙片は
戦いが始まろうとするときに書かれたものだという。
家康といえども戦争を始めるのは心臓が潰されそうなほど
恐ろしいことだったのだろう。
戦国時代のことだ。
一番上に立つものなら
その戦いに負けたら切腹ということもありうるのだ。
不安と孤独に押しつぶされそうになりながら
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と
心をしずめようと書き綴った。
しかし最後に家康は
「南無阿弥徳川家康(徳川家康に帰依し奉る)」と書いた。

つまり最後の最後に
「自分を信じる!自分によって立つ!」
と記したのだ。

人の上に立つ人間としてあまりに見事な言葉、覚悟だ!
禅で言えば「自燈明」。
自らの燈明で生きるという意味だ。

カルト教団の信徒に一番欠けたところだ。

徳川家康は幼い頃今川氏の人質となったが
そこで雪斎禅師が教育係となった。
雪斎禅師が幼い竹千代に何を教えたのかが
この紙片でよくわかる。
徳川家康も天下人としてあまりにも見事だが、
彼の教育係だった雪斎禅師もどれほど偉大な教育者だったか
よくわかる。

この小さな小さな紙片だが徳川家康偉大さがよくわかる。
この紙片はもっと広く日本人に知ってもらうべきだ。



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