日本書紀の謎々を解く245・前方後円墳私見とトビ訂正

今、吉野裕子さんの著書を読み直しているところ。
以前読んだときの知識が私の中で少しづつ消化できてきたらしく、以前にも増して面白いです。
五行陰陽説は、相変わらず理解できませんが。
その中で間違って理解していたことがあるので訂正です。
「トビ」ですが、稲藁を積み上げたもの全体と言っていましたが、正しくは稲藁を円錐形に積み上げたスズキ(稲ニオ)の最上部に三角のおおい(トビ)を置くとあります。
私の実家はサラリーマンで実際農業を身近で見ていないので白黒の写真を見ても、もう一つよくわかりません。
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こうではないかと思うのですが、あっているでしょうか。



それから吉野裕子氏の思想に影響をうけて前方後円墳の意味を私なりに考えてみました。
(蛇巫(へびふ)が蛇巫女となっていました。消すのを忘れました。)

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ほぼ吉野裕子氏の思想を踏襲したものですが、ひとつだけ違いがあります。
吉野裕子氏は前方後円墳の形を円墳を蛇の頭、方墳を尻尾ではないかと著書の中で述べていますが、私は蛇巫(へびふ)が蛇を飼っていた甕だと考えました。日本書紀や古事記には甕が呪術の道具として登場する場面がいくつかあります。おそらくその中には神に捧げる酒が入っていたでしょう。甕そのものを聖なる呪物と考えていた証拠です。この呪物としての甕の中に有力者の遺体を収め祖神の国に新生することを願ったと考えても不思議ではありません。古代世界の支配者達の墳墓はいずれも支配者の死後の再生を願う呪術によって作られたものがほとんどなのですから。
これなら四角い部分が前(上)となって前方後円墳という名前にふさわしい形になります。

(しかし前方後円墳という名前を考えた人は、どうして丸いほうが後で四角い方を前だと考えたのでしょうか。)

この前方後円墳の四角い部分は円墳へ渡るための橋が変化したものという説があるということを何かで知りました。実際それらしい古墳が見つかっているようですが、まだまだこの説が確実というわけではありません。



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