日本書紀の謎々を解く229・秦氏弓月君の正体

以前ブログの何番か忘れたが、安閑天皇の愛人だった神前皇女をもらい受け子供をなした、大伴金村あるいは大伴磐は神前皇女の秦氏族に入り婿したということになったのではないかと述べた。このことを照明する文章が『秦氏本系帳』にあった。

鴨氏の人、秦氏の聟と為る。秦氏、聟を愛(うつくし)びむとして、鴨祭を以ちて譲与(ゆづりあた)ふ。
(『古代氏文集』より「秦氏本系帳」山川出版社)

隼人は海人(あま)なので記紀の編纂社たちは彼らを水鳥の鴨、雁に例えた。鴨や雁は水中を潜水するから息が長い。だから息長氏。彼らはこのように連想を重ねて分身をつくっていった。鴨も雁も息長もすべて隼人を意味している。
この鴨氏の人が秦氏の聟となったという。当時は母系制社会だから婿入など別に不思議なことではない。継体天皇もおそらく朝鮮半島情勢に精通していたことと、朝鮮半島との交易で財力があることを見込まれて前ヤマト王権のスメラミコトとして招請されたはずだし、己の能力に自信がある男たちは自分の力を発揮できる場所を求め、大国の姫君を探し求めていたはずだ。
では秦氏とは誰を指すのか。それもすでに以前のブログで述べたが神前皇女である。
それを示すのが履中五年秋九月十九日条である。安閑天皇が河内飼部(うまかひべ)等をお供にして淡路島で狩をしていた時、天から「剣刀太子王」という声がして「鳥往来(かよ)ふ羽田の汝妹は羽沙に葬り立往(た)ちぬ」と神前皇女が亡くなったことを知らせるのである。
「鳥往来(とりかよふ)」の鳥は天鳥船、速鳥、またカラスを意味する大伴磐である。つまり大伴磐が夜這いに訪れる羽田の汝の妹は亡くなって羽沙の地に葬った、ということである。
ここで神前皇女は「羽田の汝妹(なにも)」と表現されるが。私は羽田は秦だろうと考える。つまり春日山田皇后皇后、神前皇女が秦氏なのである。

こう考える根拠は応神十四年是歳条に葛城襲津彦が秦弓月氏を迎えにいって三年帰ってこなかったという記録からである。
この弓月を私は反対に読んで月の神月弓でははないかと考えた。日本書紀の第五段にはこの月の神の名前は様々に記される。

一書に云はく、月弓尊、月夜見尊、月読尊といふ。

その中の月弓尊である。
月の神は第五段一書第十一で月夜見命が神前皇女だとわかるということも過去のブログで述べている。

また秦氏のハタは宇治市の「木幡」のハタから来ていると考える。この木幡は古事記で応神天皇が矢河枝比売と出会う場所である。彼女は応神天皇の妃となって皇太子菟道稚郎子と八田皇女を生むのである。矢河枝比売はこの場合春日山田皇后意味し、菟道稚郎子は厚皇子、八田皇女は神前皇女である。
この木幡は藤原氏発祥の地と伝えられる。若き日の藤原道長が父兼家に連れられて木幡訪れて、その荒廃ぶりに涙したと伝えられる。そして先祖の霊の菩提のため、今後一門の人々を極楽へ導くために、この木幡の地に浄妙寺三昧堂を建てたと『御堂関白記』にある。
これこそ藤原氏の始祖が藤原鎌足などではなく春日山田皇后、そして安閑天皇愛人として藤原宮を与えられた神前皇女であることを証明するものだと思う。藤原氏の氏神を祀る神社の名前が春日大社というのも春日山田皇后からきているからである。
ホームページ『菟道の歴史(Aozora Gakuden.sakura.ne.jp)』を要約すれば

菟道の歴史は二世紀、今日の「木幡」という地名のおこりと言われる。許国(このくに)が宇治地方に成立していたところにさかのぼる。「木幡」は「許の国の端」つまり「許端」からきているといわれる。

つまり端っこを意味する端(ハタ)が秦となったのだろうと考える。

ということで最初に紹介した鴨氏が秦氏聟となったというのは、まさに大伴磐が神前皇女の氏族に婿入りしたことを意味する。
また後に謀反を起こした大伴磐だが、神前皇女との間に子供をもうけ、実質秦氏の部族長となっていたために殺されることを許されたのではないか。私は坂本臣と狭穂彦が築いた「稲城」とはこの子供を意味しているのではないかと考える。
垂仁紀には

時に狭穂彦、師(いくさ)を興して距(ふせ)ぐ。
忽ちに稲を積みて城を作る。其れ堅くして破るべからず。此れを稲城と謂ふ。

本当に稲を積んでつくった城が「其れ堅くして破るべからず」となるだろうか。火矢でも射れば、あっという間に燃えるはずだ。これは神前皇女産んだ稲(子)を盾に取ったという意味ではないだろうか。


それから神前皇女に婿入りしたのは大伴磐なのか父の大伴金村なのか、正直まだはっきりとは決着がつかない。まだ迷っている。吉備媛にとって吉備武彦が父でもあり兄でもある意味、また逸文・山城国風土記の賀茂社の記録から神前皇女が結婚したのは父親の方のようでもある。賀茂建角身命が結婚する丹波国の神伊賀古夜比売は神前皇女を意味していると考えるからである。神前皇女は天皇からお暇をもらって丹波国桑田郡へ向かうからである。
また伊賀古のイカゴは近江国伊香郡(いかごぐん)からきていて、『逸文・近江国風土記』伊香小江に出てくる白鳥は神前皇女である。兄の安閑天皇(日本武尊)は死んで白鳥になって飛んでいくから、この天女は妹の神前皇女を意味する。
応神紀に記される日向髪長媛父、日向国諸県君牛が大きな角のついた鹿の皮をかぶって海を渡るという不思議な物語は牛と鹿がかぶっている(重なっている)ということを暗示しているのか。つまり父と息子は同一人物か。



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