日本書紀に謎を解く・倭人伝

昨日のニュース。
桓武天皇の父、光仁天皇が竹に入れた酒を飲んで長生きをして、
六十歳を過ぎて遂に天皇となったという故事にちなんだ行事が
縁(ゆかり)の寺であったそうだ。

それを聴きながら
「ああ、やっぱり光仁天皇は継体天皇で、桓武天皇は安閑天皇、自殺した弟の早良親王は厚皇子だったんだな。」と思った。
竹も酒も隼人を表すからだ。
継体天皇は南九州の隼人を見方にしたことで天下を取れたということを意味しているのだ。

でも、
正確に言えば光仁天皇が継体天皇で、桓武天皇が安閑天皇で、というのは正解ではない。
実際に光仁天皇も平安京に遷都した桓武天皇という天皇もいたのだろう。
彼らに継体天皇と安閑天皇、弟の早良親王のエピソードを重ねていったのに違いない。
だから本当の光仁天皇が六十歳で天皇になったかはわからない。
若かったかもしれないのだ。

実は今、中国に残る倭国に関する資料を集めた「倭国伝」(講談社学術文庫)を読んでいるが、
その中の『新唐書』倭国伝に、日本の天皇の記録が残っている。
読んでみると天皇の順番はほぼ同じと言っていいだろう。漢字の書き間違いはあるにしても。
ところが性別が違っていたり、親子関係が違っていたりするのだ。
あの有名な「日出処の」の親書を隋の煬帝に送った時の天皇は実は男だったということも今回確認できた。
また天武天皇は天智天皇の弟ではなく子供なのだそうだ。そして持統天皇はその天武天皇の子供だと記録されているのだ。つまり持統天皇は天智天皇の孫にあたるというのだ。
そいうのが他の天皇のところにもいくつか見られる。

この『倭国伝』の注では中国の記録の方を「間違い」とするが、
紀元前五世紀頃に神武天皇によって日本国が成立したとする日本書紀の記録を私たちは胸を張って正しいと言えるだろうか。
漢字は書き写す時に間違えることはあっても、中国側に日本の天皇の親子関係を変える必要性など何もなかったはずだ。

そこで『倭国伝』を読んで私が考えているのは、
継体天皇の王朝成立後の『日本書紀』の天皇の順番は、史実をほぼ踏襲しながら、実在した天皇に旧資料を切り貼りして物語だけを乗っけて行ったのではないかということだ。そして男の天皇を女の天皇としたり、親子関係を変えたり、あるいは在位期間を変えたりして、史実を私たちに伝えるためのさまざまなカラクリを入れていっていると考える。
『古事記』が推古天皇で終わり、『日本書紀』が何故持統天皇で終わっているのかは、この二人の女帝が同一人物だということを暗示するためである。

実在する天皇に旧資料物語を乗っけていくのは、『伊勢物語』で実在したとする天皇の女御藤原高子という女性に、後世の人間が有原業平の物語をくっつけて楽しんでいたというのに似ている。
昔は映画もテレビドラマもなかったから、人々はそういう他愛もない物語を勝手に作っては楽しむということがあったのかもしれない。しかし当時物語そのもがないし、歴史も浅いから、人々は唯一の旧資料物語を持ってきては、スルメをしがむように、何度も何度も繰り返し物語を利用してきたのだろう。

当時中国はすでに三千年以上の歴史を持ち、数百年もの長きにわたって春秋戦国時代という大変な時代を経験している。この中で人とは何かを問う思想哲学がたくさん誕生し、その中ひとつ、史書が生まれたのだろう。当時の日本はまだまだ国家として歴史が浅く、また社会も単純で、戦争があったといっても、大陸から見ればただの小競り合いが日本のあちこちで単発的にあったぐらいにすぎない。人とは何かを考えるような、古代人の精神を根底から揺り動かすようなものではなかったのだろう。『倭人伝』には日本人は百歳ぐらい生きる人が普通にいる長寿の国だと記される。これは日本が概ね平穏な国で暮らしやすい国だったことをあらわしている。これでは歴史を正確に残すことの意味などわかるわけがないのである。
ただ、それなら何故日本書紀の元となった旧資料は誕生したのかということになる。この大元となった資料は中国に劣らないぐらい大変詳細な記録となっている。これだけのものがどうして残されたのか不思議で仕方がない。しかも物語としても大変面白いのだ。中国から来た渡来人の存在か。


ともかくも『倭人伝』を読んで良かったと思うのは、天皇の順番が辛うじて中国の史書に残されていて大変ラッキーだった、ということだ。




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この記事へのコメント

宮崎アツ子
2020年01月24日 19:34
こんばんは。この間はお名前を間違えて、すみませんでした。
私も皮膚病、なりました。
もちろん、皮膚科に行きました。やはり、ステロイドを処方されて、塗ると、病状がなかった所に湿疹が出来はじめ、明らかに、薬を塗ったから悪化したのです。
なので、ネットで調べたら、アトピーの方がステロイドはマッチポンプだ、と書いてるのを見て、すぐ病院通いをやめました。
また、調べて、硫黄系の温泉がいい、と読み、ちょうど近くに硫黄泉があるので、しばらく通ったら治りました。
重曹もよいようですよ。
ほんとに信じられないことをしてきますね。
では。
よし兵衛
2020年01月25日 16:29
実は私も硫黄系の温泉がいいことをテレビで知りまして、「湯の花」のようなものを探したのですが、風呂をいためるとわかって諦めて、硫黄が入ってないけど温泉の湯に近い入浴剤を買いました。バスクリンの倍の値段するのですが、これが大変温まる。2日ぐらい暖かいのが続く。
そうすると指もよくなってきたような気がするのです。
ステロイド剤を使うのは難しいですね。皮膚が薄くなるみたいなので。

と言いながら、2日前にもう一度病院に行って前と同じ薬をもらってきました。
でも、今回は以前と違う速さで治っていく。
皮膚炎はストーカーの電磁波攻撃という説がありますが、私には電磁波はわかりません。
今思うのは、皮膚病は体力が落ちて体温が下がっていたのが一番の理由な気もします。
今度は治りそうですよ。心配かけてごめんなさいね。