日本書紀の謎を解く178・播磨国造速待は大伴磐

勘違いにやっと気がつきました。仁徳十六年桑田玖賀媛(神前皇女)が下された播磨国造速待を狭手彦としていましたが嫌われたのは大伴磐でした。 播磨国風土記・安師の里。このカードをよく読んでみると皇女に拒絶されたのは磐の方で、三形の方に流し下したまひき、とあります。三形は宗像です。それは逸文・筑前國風土記の宗像郡でわかります。しかし再び磐が狭…
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日本書紀の謎を解く176・大嘗祭の秘儀

大嘗祭の秘儀について私の私見を簡単に、本当に簡単に述べさせてもらいます。 日本書紀の神代第九段本文に、こうあります。 その矢落ちて、則ち天稚彦(あめのわかひこ)が胸上(たかむなさか)に中(た)ちぬ。 時に、天稚彦、新嘗(にひなえ)して休伏(ねふ)せる時なり。 秋に収穫された穀物を神に捧げて、国の安寧を祈り五穀豊穣…
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