日本書紀の謎を解く176・大嘗祭の秘儀

大嘗祭の秘儀について私の私見を簡単に、本当に簡単に述べさせてもらいます。
日本書紀の神代第九段本文に、こうあります。


その矢落ちて、則ち天稚彦(あめのわかひこ)が胸上(たかむなさか)に中(た)ちぬ。
時に、天稚彦、新嘗(にひなえ)して休伏(ねふ)せる時なり。


秋に収穫された穀物を神に捧げて、国の安寧を祈り五穀豊穣を感謝する新嘗(にいなえ)は、
天皇が国家行事として行う大嘗祭と違いがあるとはいえ本質的にはまったく同じものです。
この時に行われる儀式がどのようなものなのか、
昨晩行われた天皇陛下の大嘗祭に関連して、
テレビで学者さんが出てきて色々と説明をしていますが、
私はこの大嘗祭、新嘗祭で行われる儀式は、
古代にはこの第九段本文にあるように神と共に寝たのだろうと思っています。
神と共に収穫された穀物等を食べることより、
古代においてはこの行為が一番重要なことだったと思います。
岩波書店の古典文学大系『日本書紀』注では、
この記録に関して「新嘗が終わった後」と勝手な解釈を加えていますが、
私はここに記されるように新嘗祭や大嘗祭で寝たのだろうと思います。

そして、この記録は「返し矢」が天稚彦が天皇であることを拒否したとも取れます。
つまりこの記録から辛亥の変の一端うかがうことができると思っています。
矢はサチ、古代朝鮮語が元になっていると言われます。
サチは沙至比跪を指していると考えています。


寝る、つまり神と交わるということです。
神の花嫁になるということ。
もしかすると卑弥呼の時代の大嘗祭は、
天鈿女(あめのうづめのみこ)が神のミアレを願い天石窟のまえで行った、
あの行為と同じことをしたのだろうと思います。
大嘗祭の主基殿、悠紀殿の中に設えられたベッド(神座)こそが、まさにその名残で
あの空間で最も重要な場所なのです。

男の天皇が神とセックス?気持ちが悪いと思われるかも知れません。
そう、そもそも男の天皇が大嘗祭を行うということが不自然なことおかしいのです。
元々は卑弥呼などの女性の最高位の巫女が国家の安寧と五穀豊穣を願って大嘗祭を行なっていたのだろうと思います。
しかし社会が発達するにつれて、特に日本が朝鮮半島を支配するに及んで(好太王碑)、女が神々を祀るだけでは国家を収めることが難しくなって、それまで軍事力、政治を担当していた男たちの力が徐々に強くなり、ついに男の天皇が自らの権威を高めるために、この儀式を利用しようと女性から奪ってしまったために、おかしなことになってしまったのです。
そして男の天皇が祈るにふさわしい形に整備されていったのだろうと思います。

これについては吉野裕子氏の著書をお勧めします。
特に『日本古代呪術』第4章私見大嘗祭のあたり。



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