日本書紀の謎を解く175・中臣烏賊津使主と的臣は同一人物

天皇の命令で妃を連れて戻るまで、じっと庭に伏せていたと言う物語が似ている允恭七年十二月条と仁徳三十年十月条。
この二つの記録に登場する中臣烏賊津使主と弓の名手的臣(いくはのおみ)はやはり同一人物でいいようです。
このように考えました。
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仁徳紀の方に記される「一に云はく和珥臣の祖口子臣」は謎を解こうとする人たちを惑わせるために記されたものかもしれません。


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