あまりに衝撃的な

義母の意識がなくなりました。
昨日午前中に義姉が尋ねていくと
テレビの前の椅子に座ったまま
寝ていたそうです。
口紅つけて、しっかり化粧して
よそいきの良い時計つけて。

「あら、どこかへ出かけるつもりだったのかしら」
と思ったそうですが、
よく寝ているのでしばらくそのままにしていたそうです。
しかし、いつまでたっても起きない。
「もし、もし」って頬を軽く叩いても
起きない。
それで大変なことが起こってると気がついて
救急車を呼んだそうです。

もう九十歳ですし
もうそのまま静かに死を迎えられるように
お願いしてきました。
どれぐらいもつのか。
今日か、明日か。一週間ぐらいもつのか。


義母が
しっかり化粧していたと言うのは
半年前に亡くなった義父が迎えにきたんじゃないか、
皆そんなことを思ったようです。
まるで義父が生きていた時のまんま、
何事もなかったかのように
義父が部屋の入り口に立っていて、
「おいっ、行くぞ」って義母を誘って、
義母はいそいそと外出する準備をして
そのまま椅子にドスンと座り意識を失った・・・・・

そんなこと考えてたら
数年前に見たフランスの映画を思い出して
涙が止まらなくなりました。

一週間前に主人が義母に電話をしたら
「あんた、今日来るか」って聞いてきたそうです。
「イヤ、今日はいけない」
と答えたことを主人は悔いていました。
「何かを感じてたんじゃないか」と言って。
夜ふと目覚めたら主人は泣いていました。




実は義母が意識を失う前日。
土曜日ですが。
実家の墓の墓碑銘をきちんと作ろうと
ご先祖様の戒名や亡くなった日とか
Wardで整理していたのですが、
この時始めて衝撃なことに気がつきました。

病弱な祖母が二十五歳の若さで
生まれて一年ほどの父を置いて
亡くなった日と
父が亡くなった日が同じだったのです。
10月21日。

祖母にとって、
生まれて間もない父を置いて
逝かざるを得なくなったというのは
本当に辛いことだったに違いありません。
まさに死ぬに死ねないという心境の中
息を引き取ったに違いありません。

ああ、そうか・・・・
祖母は父を一緒に連れて行きたいという思いを
八十年後に実行したんだ。
衝撃で、しばらく呆けたように動けませんでした。

一方父は母親がわりに育ててくれた曽祖母のために
お礼の五十回忌を立派にして、
その半年後に亡くなりました。
見事だなぁって思いました。

世の中は現在の科学では解明できない
不思議なことがまだまだあるのだとつくづくと思います。



以前に何度か書いたことですが
私が生まれた時、勾大兄皇子が現れました。
(と、思っています。
でなければ記紀編纂に関わった人々の魂の集合体)
それはそれは身体が大きな、
それはそれは上品な老人だったと父が言っていました。
父は同世代の男性としては175センチあって高い方ですが、
その父が見上げるほど大きな老人だったそうです。
日本書紀に隠された古代史の真実が見えてくるに連れて
歴史から消された御肇国天皇の無念がわかりました。
身体は失っても、
人の思いは消えずに生き続けるものなのかもしれないと思います。







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