若綾姫皇女

以前から気になることがたくさんあって困るわぁ。

さっき宣化天皇の妃の大河内稚子媛の子供をみていたのだが、
横に書いてある橘仲媛の生んだ娘、倉若綾姫皇女(くらのわかやひめこうじょ)がどうしたって気になる。

継体天皇妃、荑姫の生んだ娘にも若綾姫皇女(わかやひめこうじょ)がいるのだ。
この荑媛、
今まで私のブログを読んでくれていたらわかると思うが
手白香皇女亡き後継体天皇の皇后となり、
継体天皇崩御後、安閑天皇の春日皇后。
違いは、倉がついているか、ついてないかだけ。
倉がついているのは、表に出せないから?

まさかね・・・・・
あの紀伊国日高での過ちの子供だったのではないか、って思えてきた。

阿閉臣國見が讒言した言葉。
「武彦、皇女を姧しまつりて任身(はら)ましめたり。」
漢字は「身を任せる」だが、読み方は「はらませたり」
まぁ、身を任せたら子供ができるわね。f^_^;
やはり、その時のことで子供ができたのか。
こりゃ、一夜の過ちでは済まされないようなかんじかな。

まさかねぇ・・・・・

でも、源氏物語でも、藤壺は光源氏の子供を身ごもってしまうのだ。
平安時代なら仏教があるから出家できるけど、この時代だ。
知らぬ存ぜぬを通すしかないのだろうな。

皇女、答えてもうさく「妾(やつこ)は識らず」とまうす。

知らぬ存ぜぬで女が通そうとしてるのに、勾、逃げちゃダメよ。
男の方が肝っ玉が小さいんだから。












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