低調・大河ドラマ「平清盛」

やっぱりなぁ・・・・

NHK大河ドラマの視聴率がかなり低かったことを新聞で読みました。
そしたら、今日は兵庫県知事が「汚すぎる。」と苦情をNHKに入れたのだとか。

NHK大河ドラマを見る年齢層を考えると激しい拒否があるのは当然だろうと思っていました。
今まで見慣れた時代劇とあまりにも違いすぎるし・・・・・
それに平安時代と言えば、どうしても美しい王朝絵巻を期待している人が多いもんね。

それと、歳をとると綺麗なものを見たいんですよ。
今まで嫌なものいっぱい見てきたから・・・
せめてテレビだけでも夢を見させてってね。(^^ゞ

私も、初めて新大河の予告を見た時は「ゲッ!どっ、どうしよう・・・・・。」って思いました。
「ああ、また中途半端なリアルかぁ・・・・。
日本人として一番肝心な部分の理解が欠けてるリアルを見させられるのか。」

一回目見て、やっぱなぁ・・・・・
髪の毛をちゃんと結いあげるって成人した人間の証なんじゃないのかな。
成人式とか通過儀礼とかの意味の重大さがわかってないのかな。
髪の毛は伸ばしっぱなしだし、手拭いで頭巻いてるけど
それってヨーロッパの海賊の感覚でしょ。
日本人ってそんな手拭いの使い方しないし。
本当にっ!リアルが中途半端なんだから!
それから、貴族の化粧で、眉を抜いて墨で丸く書くっていうやつ。
額の上のほうに眉を書くのは室町時代ぐらいからでしょうよ。
平安時代のころは、ちゃんと眉の位置に書いたのっ!!

まあ、こんな風にブツブツブツブツ・・・・・・
それを楽しんでいるところもあるんですけどね。

でも、なにより松山ケンイチさんが魅力的だし、
大きな変化を遂げるあの時代のパワフルさを表現したいのだと理解したら、
ものすごく楽しみになってきました。
まだ柔軟性があるぶん私は若いのかな。(^^ゞ
一回目。まあ、私は良かったです。

ただね、最近の映画やらテレビやらの演出・・・・
なんというか、最近の若い人たちは汚なければリアルだと思う傾向がある。
演技者にしても、やくざのようにガラ悪く演じればリアルに人間を表現していると思っているところがある。

どう言うんだろうね。
何かが浅いんでしょうね。
それとも、単純にそういうものをリアルだと感じる社会で育ってきた人たちが
テレビや映画を作っているんでしょうか。

でも、それ以上に最近気になっていることがある。

それは美意識。
それまで長い間、日本の中心にいて
社会や文化を作り上げてきた人たちとは全く違った美意識を持った人たちが
社会や文化の前面に出てきているのではないかということ。

つまり、シンプルなものを好み「侘び寂び」といった美意識を持った人たちではなく
けばけばしく、ごてごてと飾り立てる縄文の美意識を持った人々が
文化の前面に出てきている。

という気がする。

ギャルファッションが典型的だ。
あのファッションが生まれたのは、関東のある沿線の女子高生たちが始めたということを
何かで読んだ。
徳川幕府が300年間蝦夷の風俗を改めるように何度も命令を出したものの
ついに明治まで改めることがなかった人々の子孫なのではないか。
頭を金髪に染めあげ高々と結いあげた若い女性を見ると
縄文時代の土偶の姿が重なってしかたがない。
皇女和宮が関東を、アズマといって文化レベルの低い野蛮なところだと嫌がっていたのは
けっして大げさなことを言っていたわけではなかったのではないかと思う。

ただ、日本の歴史を見ると
縄文の美意識がマグマのように吹き出すことが何度かあって
そういう時は時代が大きく変わる前兆。
日本を再生する力が火山のマグマのように噴出しはじめているのではなかと
思うようになってきた。
というか・・・縄文は日本のすべてのものの基底に存在するもので
日本をダイナミックに動かしていくエネルギーなんだろうなぁって・・・・

だから、ちょっと抵抗もあるけど
「日本の再生は近い。何かが動き出す前兆だ!」と思って
わくわくしながら大河ドラマを見ることにする。

でも松山ケンイチさんっていいわぁ~~~
船の舳先で雄たけびを上げる姿って、青森のねぶたの武者人形そのものですよね。
あっ、やっぱり蝦夷のパワーか。









ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック